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zoom RSS 「育児」という仕事

<<   作成日時 : 2005/03/11 01:52   >>

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 本日、息子の定期健診だったらしい。
初めて子育てをしているわけだから、
こうして定期的に我が子を第三者に見てもらって、
「うん、よく育ってる」と言われると、とても安心する。
何事にも第三者の目というのは大切である。
ちなみに、我が子の身長と体重のバランス、
体重は人並みなのだが、身長はちょっと低め。
おかげで、少し太り気味ということになる。
それよりも、注目すべきは、彼の頭囲の長さ。
実年齢にしては、2歳分ほど大きいらしい。
確かに前頭葉はしっかり発達していそうな頭の形だが。
「ヘディングが得意」とかで終わって欲しくない。
 さて、先日の勤務シフトは「夜勤」であった。
とある報道番組で、「夜勤の実態」というトピックがあった。
日勤帯では、職員一人につき、対象数名、という
法的な基準があり、それに則って運営をしていくわけだが、
夜勤帯は、一人で全員をケアすることになっている。
我が施設でも、例外なく適用されている。
夜勤帯は、とにかく神経をすり減らす。
何かあったら、全て自分の判断で対処しなければならない。
しかも、そこになかなか仕事の醍醐味を見出すことができない。
その番組では、夜勤のみの連勤で辛くなった職員が、
その捌け口をお年寄りに向けてしまったことから
ある事件が起きた、という報道であった。
 自分も例外なく、夜勤シフトのときは神経を使う。
仮眠の時間があるが、それは文字通り「仮眠」。
決して睡眠ができる状態ではない。
一応深夜になれば横になることはできるが、
子どもの寝返りの音ひとつでも気にしてしまう。
キャリアが付いてくれば、もう少し図太くなれるかもしれないのだが。
 しかし、夜勤が終わって家に帰ってみると、どうだろう。
たまに、息子が夜泣きしても自分は起きないことがあるらしい。
妻がいるから、というただの甘えなのだろうが、このギャップ。
片や物音一つで起きてしまう生活、片や夜泣きでも目覚めない生活。
無意識にそれをしているのだから、大したものだと思う。
まさに「夜勤」は仕事なのだ、と思わされる。
 これは仕事だから・・・と割り切れるところが「仕事」なのではない。
「仕事」だからこそ、その領分に忠実になれるもの。
普段の意識以上に、シビアになれるところが「仕事」なのであろう。
 「育児」を仕事にする、というのは案外特殊なケースなのかもしれない。
「育児」というのは本来、親元で行われるものであると思う。
しかし、それが叶わないから、このような仕事が存在するわけで。
 普通に親元で為される「育児」と、仕事として為される「育児」。
その違いはいかなるものか。どちらがいいとも悪いとも言えない。
しかしまぁ、親にとっては、「育児」はある意味で、
ギャラの出ない仕事のようなものなのかもしれない。
「仕事」というのは、「人が為すべき営み」のことなのだから。

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